Oct 21, 2009
私のビジネスの資金10万円
資金10万円たったこれだけ。私のビジネスの資金10万円です。この資金を作るために、一般的に働いている人にははした金にしかならない。これらの資金を用意するのにかかった時間は一年かかった。一般的な主婦が直接コインを貯めるには難しいことだ。私の事業の資金10万円、今は何を始めるか。それは、今後の楽しさを維持しよう。今日聞いた話ですが、日本は欧米に比べて、自分で会社を設立している人が少ないんだそうです。詳しいことは、あまりにも私も分からないですが、妙に納得してしまいました。日本人は、あまりにも目立つのが好きではない人も多いのではないかと考えて、私自身そんなに多くのお金はいらないから他の人々の生活をしたいと思いますからね。会社を設立しようとは思わない。
◇給水
3日午前8時現在、8県の約20万戸で断水中。主な内訳は、岩手県4万戸▽宮城県9万4000戸▽福島県3万戸▽茨城県2万6000戸▽千葉県5900戸。復旧状況や給水に関する主な自治体の窓口は以下の通り。給水を受けるにはポリタンクなど容器の持参が必要。
<岩手県>宮古市電話0193・63・1115▽大船渡市電話0192・27・3111
<宮城県>仙台市電話022・748・1111▽気仙沼市電話0226・23・9900▽石巻市と東松島市(石巻地方広域水道企業団)電話0225・95・6711▽多賀城市電話022・368・1141▽名取市電話022・384・2111▽松島町電話022・354・5701▽亘理町電話0223・34・1111▽七ケ浜町電話022・357・7456▽山元町電話0223・37・1120
<福島県>相馬市と新地町(相馬地方広域水道企業団災害対策本部)電話0244・35・1020▽いわき市電話0246・22・9310
<茨城県>神栖市電話0299・90・1164▽鹿嶋市電話0299・82・2911▽潮来市電話0299・63・1111
<千葉県>香取市電話0478・55・8384
岩手県大槌町の観光ホテルの調理師が、自身も被災者として暮らす山田町の避難所で、料理の腕を発揮して避難者を喜ばせている。三陸の海の幸をさばいてきた刺し身包丁を「おもちゃのように感じる」という家庭用の包丁に持ち替え、野菜を中心とした家庭料理を作る。生活再建を願う被災者の元気の源になっている。
山田町大沢の藤田重幸さん(48)。20歳のころ調理師免許を取り、すし店経営を経て1年前からホテルに勤務し、地魚の刺し身やすしを主に担当した。
津波でホテルは2階まで水につかり、当日休みだった藤田さんは愛用の調理道具を流された。自宅も浸水した。避難した山間部の町立生活改善センターには調理室がありガス、水道とも使えた。被災者は当番制で約60人分の朝夕食の自炊を始めた。
支援物資が頼りで、材料は限られる。砂糖がなかったためリンゴの千切りで、きんぴらごぼうに甘みを付けるなど一工夫。濃い味付けは控え、お年寄りが毎日安心して食べられるよう心がけているという。
ホテルは営業ができない状態で、先は見えないが、藤田さんは「料理で他の被災者が元気になるならうれしい。食材をくれた人たちにはいつか必ず恩返しをしたい」と話している。【熊谷豪】
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東日本大震災で、被災者への支援の“格差”が深刻化している。支援物資が余る避難所がある一方、飲み水も足りず、おにぎりだけで耐える被災者もいる。食料が不十分なのに不必要な物資が届くアンバランスも出始めている。震災から3週間以上が経過し、自治体や支援グループは格差解消という課題に直面している。(荒船清太)
津波で壊滅的被害を受けた宮城県石巻市の牡鹿半島で、周辺住民80人の避難所となっている自動車整備会社の敷地では、宇都宮市のボランティアの手でバーベキューが振る舞われた。「やきそばの屋台も出て酒も振る舞われました。子供たちも大はしゃぎでした」(男性被災者)
その後も他の民間団体が支援に訪れたため、食料は十分だといい、避難所をとりまとめる同社社長(60)は「食べ物はなるべく他の集落の人も呼んで分けています」と説明する。
近くの自宅にとどまる阿部正美さん(53)も1度バーベキューの肉を分けてもらった。ただ、「あちらは家が全壊。こちらは残っている。毎日、もらいに行くのも…」と話し、同日以降、この避難所には足を運んでいない。
「魚は必ず自分で取ってくる漁師のプライドがあるから、なかなか欲しい物資も言ってくれない」。牡鹿半島出身でNPO法人「フェアトレード東北」代表の布施龍一さん(35)はこう指摘する。布施さんは石巻専修大の李東勲(イドンフン)准教授(40)と孤立被災者への物資支援を続けている。
「物資は足りている」と断られた被災者宅に通い、3日目に飲料水すら底をつき始めたことを聞き出したこともあった。先月下旬には、たくあんとおにぎりで過ごす2人暮らしの老夫婦を見つけた。市からおにぎり以外に配給されていた支援物資の中には、赤ちゃん用のオムツが入っていた。
李准教授は「被災地に物資は届き始めても、そこから先の被災者への分配は必ずしもうまくいってない。支援団体間の情報共有も課題だ」と説明。「物資が足りない」と言われて翌日行くと別の団体から届いていることもよくあるという。
布施さんは「ガソリン不足で車を自由に使えなかったり、続く余震で道路が崩れたりする中、物資が十分届いていない場所はまだあるはずだ」とみており、今後も孤立した避難先がないか山間部に至るまで巡回を続ける予定だ。山形の自己破産を表すことば
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